第138回夜学会「社員全員に『木を植えた人』を贈った社長」

3月29日(金)の夜学会のテーマは「社員全員に『木を植えた人』を贈った社長」です。

時間は午後7時から

場所ははりまや橋商店街イベント広場

講師は伴武澄

http://www.yorozubp.com/9909/990921.htm

 1995年の年賀状で「去年読んでおもしろかった本」として3冊を上げたことがある。その1冊にジャン・ジオノの「木を植えた人」と書いた。南フランスのプロヴァンスの荒れ地に毎日100個ずつ木の種を植え、森をよみがえらせた老羊飼いの話である。

 こぐま社の「木を植えた人」の初版は1989年だから古い本である。いくつのも出版社から翻訳され、ビデオもできたというからすでに読んでおられる読者も少なくないだろう。

 森がしげると雨が地中にたまり、やがて川となり、人々が住み着くようになる。たった一人の地道な努力でも何十年続けることで、自然が変わり、町までができてしまう。そんなおとぎ話のような話だが、きっとどんな人のこころにも慈雨のようにしみ込むことだろうと思う。

 先日、資生堂の広報の人と話をしていて、この「木を植えた人」が話題になった。福原義春会長が、社長だったときにこの本にいたく感動して、自費で社員全員に配ったというのだ。

 福原さんは資生堂の創始者の孫に当たる方だが、父親は経営を引き継がなかった。だからどこかの会社のような二世、三世社長ではない。実力で社長になった人だと信じている。アメリカ資生堂の立ち上げで食うや食わずの苦労をし、社長に就任した直後に、販売子会社につけ回していた大規模な在庫を買い戻した英断で80年代後半、マスコミでも取り上げられた。

 その時の言葉は忘れたが「子会社に在庫を押しつけて親会社の決算をきれいに見せかけても仕方がない」というようなことだったと思う。今年から日本でもようやく導入された連結決算という考え方を10年まえからすでに持っていた。おかげで資生堂は大規模な減益決算を余儀なくされ、当然ながら連続増益記録も途絶えた。バブルの真っ最中の出来事である。

 90年代には化粧品の値引き販売が始まり、河内屋の樋口社長らにより価格拘束という独禁法違反で告発された。カネボウやコーセーなども同時に告発されたが、トップ企業と言うことで矢面に立たされた。当初、資生堂は裁判で徹底抗戦する構えだった。

 福原さんは筆者が取材を通じて知った経営者の中で数少ない信頼できるトップの一人だった。それまで正義の福原が一転マスコミでたたかれる対象となるのだから、構造改革というのはむごい部分もある。そんな感慨を持って、福原さんの真意を問うためにインタビューを申し入れたこともある。

 会社経営がすべて善行によって行われるとは思っていない。社会的規範も時代のすう勢によってどんどん変わるから、前の時代に当たり前のことであっても、当たり前でなくなることも多くある。1990年代は日本という国の中で企業経営に対する価値観が恐ろしいほどに変わっていった。そんな時代だったのだと思う。

 企業の経営とは、そんな価値観の変化をどう先取りしていくかが問われる役割であるはずだ。日本がバブルに酔っていた直後に、この「木を植えた人」を社員に読ませていた社長がいたということは嬉しいことだった。

 萬晩報は福原さんに断りもなく、「木を植えた人」を贈るに際して社員にに添えた一文を転載したい。

私たちの資生堂は間もなく120年の誕生日を迎えます。人生と同じように、会社も好調のとき、苦しいときを何回も何回も経験しながら、大きく育ってきました。

1987年には経営改革のスタートを切り、1年前の1991年2月5日には21世紀の発展を見据えたグランドデザインを策定し、いまその軌道を走るスピードを上げつつあります。

このときに、皆さんとともに1冊の本をあらためて読んでみたいと思いました。

ことばは心を運びます。私はこの「木を植えた人(ジャン・ジオノ著)」という本をかりて皆さんに私の心を贈ろうと思います。そして私自身がこの本を大切に「木を植えた人」の心を考えつづけます。

この本を私とともにはたらく全社員のみなさんに贈ろうと考え、そのことを出版社であるこぐま社の佐藤英和社長さんに相談しました。佐藤さんも私の気持ちに感動してくれたのです。私から言えば、この本を見つけ、苦労して版権を得て日本語の出版をした佐藤さんも「木を植えた人」の1人です。

私たちもいっしょに、まず会社に中に木を植え、そして会社のはたらきを通じて社会に木を植えていきたいと思うのです。お元気で。  福原義春



0コメント

  • 1000 / 1000