第133回夜学会「地方自治とは何か」

2月22日(金)の第133回夜学会のテーマは「地方自治とは何か」です。

時間は午後7時から。

場所ははりまや橋商店街イベント広場

講師は伴武澄

 江戸時代まで、日本は300余藩に分かれそれぞれに独自性を持っていた。自治などという言葉のなかった時代である。明治になって中央集権制が敷かれ地方に自治はなくなった。戦後、新憲法が制定され、地方自治の概念が憲法に盛り込まれた。然し課税権と司法権は地方に与えられることはなかった。連邦制を敷く多くの先進国では日本より多くの自治権が与えられている。地方自治は民主主義の学校とされる。市民の身近な事柄を市民の選んだ首長や議員が決めていくからである。つまり顔の見える政治ということもできる。問題は課税権を国家に牛耳られたままでは独自性を打ち出すことが難しいことである。金太郎アメ自治が行われるゆえんである。考える力を取り戻そうではないか。僕たち私たちの町をとりもどそう。


日本には地方公共団体という不思議な言葉がある。英語でentityと表現されるのだが、ほかの国では地方政府という概念はあるが、公共団体とか自治体とかという概念はない。中央集権が強い中国でも北京市政府とか上海市政府という言い方をする。新憲法の下敷きとなった英文ではLocal Governmentと書いてあったものを、地方公共団体と「翻訳」した日本の官僚のしたたかさには驚くほかない。

 アメリカは日本を中央集権国家から分権国家に鋳直そうとしたに違いない。地方議会のほかに公安委員会や教育委員会などを設置させたが、ほとんど骨抜きとなっている。警察も教育も霞ヶ関の配下にあるのだ。

 市役所も県庁も建物の名称である。実は行政組織の名前はない。新聞では「高知市は」とか「高知県は」というふうに書くが、本来の行政組織の名称ではない。行政組織に名称がないこと自体、自治に対する国民の意識が低いことの証なのかもしれない。

 日本に市町村制度が生まれたのは明治22年のこと。府県制の下の行政組織を整備し、現在に到っている。江戸時代までは幕府、その昔は朝廷が中央政府で、その下に国があった。国の中心地は国衙で、府中と呼ばれた。町や村は自然発生的に生まれ、商工業の集まりが町で、農村に村があった。為政者はもちろん町村で課税したが、町村の運営にまで口差し挟まなかった。村には寄り合いがあり、自分たちのことは自分たちで決めたし、助け合いもした。水普請、道普請などという言葉はその名残である。今のように生業としての官の組織を必要としなかった。

 自治などといわれる前から、独立していたはずだったが、社会が進展する間にいつの間にか、「官が決めて民が従う」ことが不思議でなくなった。

 市議選に出ることを決めてから、高知市について考えるようになった。30万人の町で市議は34人。2000票あれば当選できる。多いようだが顔の見える、声の聞こえる規模ではないかと思う。市民の要求を市議たちが行政組織に働きかけて、よりよい町づくりをする。そんなことが可能ではないか。市民が声を揚げなければ、自治などという概念は不要である。役人たちは法律や条令には精通しているが、町づくりの専門家ではない。市民の自覚が待たれるゆえんである。

 そんなにお金をかけなくとも、いい町をつくれる。市民参画という言葉を画に描いた餅にしてはならない。



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